暮らしを変えるモビリティシェア

株式会社モビリシティ 代表取締役、モビリティジャーナリスト、グッドデザイン賞審査委員 : 森口将之
2013.09.05

 

パリのモビリティ改革

「Paris respire!(息ができるパリを!)」

2001年にパリ市長に就任したベルトラン・ドラノエ氏の言葉だ。保守勢力の牙城といわれたパリで、久々に誕生した左派市長である彼は、就任と同時に、大胆な環境対策に乗り出した。その主題に挙げられたのがモビリティ改革だった。
日本同様、フランスでも第2次世界大戦後の高度経済成長によって、パリなど大都市周辺の大気汚染が問題になっていた。原因が自動車に依存しすぎた社会にあることは明らかだった。そこで政府は1982年、国内交通に係わる方向づけの法律(LOTI)を制定する。
LOTIで画期的だったのは、世界に先駆けて「交通権」を提示したことだ。国民の誰もが容易に、低コストで、快適に、社会負担を増加させずに移動できる権利を認めたのである。つまり自動車優先社会からの脱却宣言だった。これ以降、フランス各地でLRTやコミュニティサイクルなど、公共交通の整備が一気に進む。その流れに乗る形で、パリも改革への舵を切ったのだった。

「ヴェリブ」と「オートリブ」の誕生


コミュニティサイクル「ヴェリブ」

市長に就任したその年にバス専用レーンの整備を開始し、5年後の2006年には1936年に全廃されたLRT(路面電車)を70年ぶりによみがえらせた。そして翌2007年にはコミュニティサイクルの「ヴェリブ」を導入している。ちなみにヴェリブとは自転車(ヴェロ)と自由(リーブル)を組み合わせた造語だ。
闇雲に新しいモビリティを入れたように見えるが、個々の役割分担は明確だ。LRTは市の外周部を走らせてベルトウェイの役を果たし、バス専用レーンは地下鉄の走らない道路に敷設した。ヴェリブは地下鉄やバスの補完役である。複数の乗り物を組み合わせることで、自動車からの乗り換え促進を狙ったのだった。


「ヴェリブ」の広告板

ただしパリにとって、コミュニティサイクルは初物である。地下鉄やバスのノウハウが生かせるLRTとは違う。そこで市長は斬新な手法をとった。広告会社であり、かつコミュニティサイクルのノウハウも持つJCドゥコーを入札で選定すると、市内の広告板の権利を譲渡し、その収入で運営を任せたのである。
当初から750カ所のステーションと1万1000台の自転車という大規模な導入だったこと、24時間年中無休で借り出しや返却が使いやすかったことから、ヴェリブは高い評価を獲得。
導入6年目の今年は、ステーションは1700カ所、自転車は2万台にまで増え、定期利用者数は25万人、1日あたりの利用者は多いときで14万人以上に上るという。市内のモビリティのひとつとして完全に定着している。
しかしドラノエ市長の改革はこれで終わりではなかった。ヴェリブ導入の翌年、これの自動車版の導入を宣言したのだ。これがオートリブ(autolib’)で、2011年にサービスをスタートした。


カーシェアリング「オートリブ」の登録施設「エスパス」(円筒形)と
「ステーション」での充電の様子

拡がるカーシェアリング


オートリブ利用者数の推移

パリ市民の半数以上は自家用車を所有していない。彼らに新たな交通手段を提供するとともに、自動車を持っている人に対しては所有から共有への転換を促すのが、オートリブの目的だった。パリ市によれば、ブルーカー(オートリブ用電気自動車)1台で5台の自家用車を減らすことが可能という。さらに電気自動車なので、地球温暖化防止にも寄与する。
こちらも入札が行われた結果、電池生産やシステム開発などを主力とするボロレ・グループが運営権を獲得。ただし広告板などとのバーター契約はなく、設置費用の一部は自治体が負担している。運営費用は基本的にボロレが請け負うが、赤字額が一定額を超えると自治体負担になるという仕組みを取っている。

オートリブは当初は250台の車両と250箇所のステーションで始まったが、現在は約1800台、800箇所以上に増え、4000以上の充電端末を用意している。すでに8万3000人が利用しており、延べ200万回の借用があり、1700万kmを走破した。当初は47だった自治体は、今年第一四半期には53に増えている。

自由に選択するモビリティ


「ヴェリブ」ステーション

 

ではヴェリブとオートリブはどのような人が、どんなシーンで使っているのだろうか。まずヴェリブから話を進めると、登録メニューは1年、1週間、1日の3種類が存在するが、このうち1年契約の定期利用者が76%と約4分の3を占めている。
定期利用者のほとんどは通勤通学に使っている。ただしパリ市内で移動が完結しているわけではない。郊外の居住者が、自宅の最寄り駅まで自分の自転車や自家用車で向かい、公共交通機関で都心に入り、駅から勤め先までヴェリブを使うというパターンが意外に多いのだという。

 


街の新しい足として定着しつつある「ヴェリブ」

 

一時利用者は55%が週末のパリ散策、つまり観光に用いている。よってパリ市では、おすすめルートなどを紹介したガイドブックを今年発売した。それ以外で興味深いのは、高齢者が健康維持のためにヴェリブに乗っていることだ。公式ブログ「ヴェリブと私」によれば、75歳以上の登録者は250人近くおり、毎朝健康のために2〜3kmヴェリブで走る87歳の老人もいる。
オートリブの登録メニューもヴェリブに似ていて、1年、1ヶ月、1週間、1日の4種類がある。しかし登録料金さえ支払えば30分以内無料のヴェリブと違い、1分でも乗れば利用料金が掛かるためか、利用パターンはヴェリブとは異なる。
具体的には、通勤などに毎日使う人は稀で、友だちといっしょに食事に行ったり、家族とともに郊外のショッピングセンターに出掛けたりするなど、2人以上での移動や大量の荷物の運搬に多用するようである。

 


ヴェリブ公式ブログ「ヴェリブと私」
http://blog.velib.paris.fr/en/

こちらは公式ブログが存在しないので、市民のブログを見ると、家具店で購入した椅子を自宅に運んだという記述があった。フランスは日本より配送料が高く、配送業者は時間にルーズなこともあるので、自分で運ぶ人が多いのだという。また、ミュージシャンが重い楽器や機材を運ぶためにオートリブを利用するというシーンも綴られていた。
導入に際しては異論もあった。ステーション設置による駐車場の削減にはドライバーから不満が上がり、タクシーやレンタカー業界は民業圧迫と訴えた。しかしドラノエ市長は「移動手段の選択の自由を提供する」と、自動車を否定するわけではないことを強調しつつ、粛々と計画を遂行していった。真のリーダーシップを見せつけられた感がある。
そして市民は、パリッ子らしい計算高さを働かせつつ、この選択の自由を存分に享受している。晴れたら自分の自転車、雨なら地下鉄、どちらか微妙な日はヴェリブで様子を見る人もいるという。自動車か自転車か、の二者択一ではない。これこそ真の自由(リーブル)ではないかと思う。

 

株式会社モビリシティ 代表取締役、モビリティジャーナリスト、グッドデザイン賞審査委員
森口将之

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